親父

私の父親の時代から話を進めたいと思います。
私の親父は、幼少のころに父親(私の祖父さんにあたります)を亡くし、父親の記憶はないと言います。
祖父は、屋根に瓦を貼る瓦職人だったとか・・・
当時の親父は、姉・弟の3人兄弟、そして母親との4人家族。
そのころから、この六畳一間のアパートに住んでいたのか聞いてはいませんが、たぶんそうです。
母親(私の祖母にあたります)は、白内障だった事もあり、子供3人を養っていくには限界があったのか、その母親に代わって、長男である親父は小学生の時から働きに出ていたそうです。
中学校は、ほとんど行ってないようで、自称、学歴は小卒と言っていました。
主に鉄工所での溶接工の仕事をしていたそうで、私には、○○牛乳の看板兼大きな牛乳のアートを、「あれは俺が作ったんだ!」と自慢げに話していました。
偶に親父の肩たたきをした事がありましたが、首と右肩の間に出来たしこりのような力こぶがあったのを思い出します。
それは、重い荷物をかついだから、こうなったと語っていました。
そんな親父・・・・・、
私が子供のころ、食事の時は、味噌汁が濃いだの薄いだの「こんなもん!」とちゃぶ台(コタツだったかな!?)がひっくり返る。
まさにアニメの巨人の星、星一徹そのものでした。
毎日のようにちゃぶ台がひっくり返る時もありました。
狭い部屋では、親父の機嫌が悪いと居る場所がなかったですね。
そして、兄弟喧嘩や何か悪さをすると、長男である私に決まって手が出ました。
思いっきりビンダがとぶ。耳がキーンとするくらい。
背は小さいけど、筋肉の塊のような体をしていた親父。それは痛かったです。